後ろ向きには最適の日々

雑駁なあれこれ

笑いと共感

 昨年末にかけて、「漫才じゃない論争」が爆発的に繰り広げられていたのにも関わらず、いつの間にやらもうめっきり静かになっています。いやほんと、いったいあの論争はなんだったのか…

 それに関しての話ではないですが、自分の好きなお笑い芸人さんのネタが自分の見える(聞こえる)ところで腐されるのはすごく嫌ーな気持ちになります(きっと誰しも経験あることでしょう)。そのことについて「この感覚はなんなのかなー」とここ最近考えていました。他のエンタメ、映画や小説などではそこまでの嫌悪感を感じないのですが(好きではないですが)、「笑い」というコンテンツに関してはそういった考えに陥りやすいです。そんなことをずっと考えていたところ、つい先日『あちこちオードリー』という番組にゲストでハナコが出ていた際の、菊田さんが言っていた「人ってなかなか笑わない」というフレーズに、答えのようなものがあるのではないかと感じました。

 そうなんですよね、人って普段笑わないんですよ。自身の日常を振り返ってみても、やっぱり笑っている時って少ないです。だいたい仏頂面ですし、ただでさえ自分は顔面のレパートリーが少ないので、より一層つまんなそうな顔をしていることでしょう。きっとこういう人間が将来どの地域にもいる顔の怖いジジイになるんだろうなぁ…

 閑話休題。人が笑っている時ってのは、無防備でスキのある状態なんだと思います。だから普段、人はなかなか笑わないのでしょう。ですので逆に言えば、笑っている時ってのは相手にスキを見せている状態なのでしょう。スキを見せることってのはつまり相手にとって敵じゃないことの表明でもあって、だからこそ、それが仲間意識だったり共感につながるのではないかと思います。なので、笑いのツボが自分と似ているとその人に親近感が湧くし、相手が異性だと結婚の理由にもなり得るのでしょう。

 何が笑のいツボなのかなんて、それこそ人によって様々です。全く同じものを観たとしても、面白いと感じる人もいれば腹を立てる人だっています。それはその人が生きてきた中で経験してきた事、見て聞いてきたモノ、世界の対する視点に影響されるものだと思います。そういったものの積み重なりが、脳の笑い回路を発火させるかどうかにつながるのでしょう。だから笑えるものが同じだと、平凡な言い方をすれば「価値観が合う」ということなんだと思います。

 個人的な話ですが、私がツイッターでフォローしている人の中に、作品が好きでフォローをした作家さんがいます。その方は普段、社会や政治に対する不満や文句をよく書かれていて、普通だったらちょっと近寄りがたいです。ですが、その作家さんが昨年末のM-1を観ながら「〇〇のネタはもはやSFだ」とつぶやいていて、なんというか、それだけ急激に親しみやすさが湧いたのを覚えています。実際に会ったことも話したこともないのに。それぐらい、何を面白がるかってのはその人との距離感に影響を与えるものだと思います。笑いのツボが似ていることは強力な引力になり得るのです。

 だからこそ、逆に自分の面白いと思ったものを悪く言われるってのは、自分の生き方に文句を言われているような感覚にもつながって、嫌ーな気持ちになるのでは、と思います。そんな結論に行き着いた今日このごろ。