後ろ向きには最適の日々

雑駁なあれこれ

病院と人間

 9月15日。火曜日。今日も涼しく過ごしやすい一日でした。秋って感じですね。これぐらいの気候が過ごしやすくて良いです。素晴らしくいい感じの気候です。午前中は病院へ、そして午後から研究室の一日です。研究室では実験のためのプロトコルを作成したり、あとは試薬の調製をしようかなーと思いながらも、なんだかかんだで面倒だったので明日に回すことに。あとは引用する論文を集める作業をした程度です。あまり代わり映えのしない日常を過ごしておりますね。

 さて、午前中に病院へ行ったのですが、目的は親知らずを抜くための診察です。ですので口腔外科です。もともとは普段通っているクリニックがあるのですけど、そっちで「神経近ぇからうちじゃ無理。下手したら後遺症残るかも」と言われてしまったため(めちゃくちゃ怖い)、総合病院への紹介状を貰ったわけです。

 この、総合病院という場所が私は苦手です。普段、大きな病気にかかることもなかったので行く機会はほとんどないのですが(自分が診察・治療を受けるのは8年ぶりくらい)、久しぶりに自分がそういう立場になって行ってみても、やはり苦手なままでした。

 その総合病院は私の住む町の隣の市にあって、とても大きな建物です(500床以上の病床があり、一日に何千人もの市民が利用しています)。この総合病院は十数年前に改装されて今はかなり綺麗になっているのですが、その前はTHE 病院という雰囲気が漂っていました。薄暗い蛍光灯、リノリウムの床、駅のホームのベンチみたいなプラスチックの椅子。どこをとっても

無機質で、死の匂いすら感じさせられる陰気な場所でした(あくまで個人的な印象)。どちらかというと、私はその時の病院の方が通っていたことが多かったです。骨折したり入院したりとなんだかんだで。子供ながらに「暗い場所だな」と感じたことを覚えています。

 それが何百億何千億円かけて改装されて、今では高い天井と吹き抜け、木を基調としたデザイン、天窓からは日光を取り込むような構造となっていて、木漏れ日のような雰囲気すら漂っています。入院病棟もホテルのように整っていて、めちゃくちゃ綺麗になったのです。だけど、それが逆に私は怖いのです。なんというか、死の匂いに無理やり蓋をして隠しているような、そんな人間の意志が垣間見えるのです(おそらく考えすぎ)。従来、死や病気は不浄のものとして避けられてきたのが日本の神道や仏教の観念ですけど、それを人間の意志が介入することでより一層感じさせているような気がするのです(おそらく考えすぎ)。

 そして、建物が綺麗なんですけど機能はもちろん病院ですから、同じなのですね。しかも改装して大幅にキャパシティも増え、一日に何千人もの人間を対応しなくてはならないので、よりシステマティックになっているのです。まず最初に外来受付に行き、保険証と紹介状を渡したら「2階の〇〇受付に行ってください」と言われ、そっちでは「△番の診断室の前でお待ち下さい」と言われ、診察が終わったら今度は「レントゲンを撮りますので1階□□受付に行ってください」と言われるのです。この繰り返し。一つの診察室で完結することはなく、そうやって色んな部屋をぐるぐると移動させられるのです。「もしかしてこの迷宮から出れなくなるんじゃないか?」と思わせるぐらいです(無事出られました)。多くの人間を対処しなくてならないので、それが効率化するためには最適な方法なのだと思います(別に不満があるわけではありません)。ですが、部屋を移動しながら、だんだん自分が有機的な存在ではなく、工場のコンベアを流れる材料のような感覚に陥ってくるのです(だから考えすぎですね)。体系的なシステムが完璧に整備されていて、そこに組み込まれ、人間性は排除され、ただただ言われるがままに移動を繰り返す。最後はバーコードの記載されている紙面を電子端末にかざし、会計処理をして、はいおしまい。精神的にどっと疲れました(そういったいらんことを考えているからでしょうね)。

 疲れてしまったので、会計処理を終えた後も一階総合受付前の広いスペースで、日光の入り込む天窓を眺めながら椅子に座り込んでいました。20分くらいでしょうか。何をするでもなくぼーっとしていると、車椅子に乗った爺さんが私の前を通り過ぎていきます。その際、車椅子を押している看護師さんにその爺さんが話すのです。「この車椅子、婆さんに買ってやったのに婆さん死んでまって自分が使うことになってもうたわガハハ」

(あ、ご老人特有の笑いにくい笑い話だ!)と私は心の中で思ったのですが、同時に、なんだかそのやり取りが逞しくて「人間味ってこういうことなんだろうな」と元気を取り戻せました。変な話かもしれませんが。

 そんなことのあった一日でした。結局その日は診察だけで親知らずは抜かず、次の予約日に抜くことに。今から震えが止まらないでいます。