後ろ向きには最適の日々

雑駁なあれこれ

柴田勝家は面白い。

 先日20日柴田勝家氏の新作『アメリカン・ブッダ』が発売された。楽しみにしていた新刊の一つだったので発売日に即購入、先週の土日を使って一気に読みきった。

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 柴田勝家という名前だけ見ると「武将かよwww」と思うかもしれないが(もちろん作家としての名前であり本名は別にある)、そう思った人はぜひとも「柴田勝家 作家」で画像検索してみてほしい。「武将だ…」という感想になるはずだろう。そんな風貌をしている作家なのだ。しかし書いている作品はゴリゴリのSFである。作品の特徴としては『アメリカン・ブッダ』の帯にもあるようにSFに民俗学を融合させたところである。デビュー作『ニルヤの島』は、生前の記録・記憶を再生する技術が開発されたことにより死後の概念が消失してしまった世界の中、魂の観念、すなわち宗教が残り続けている人々の物語がテーマである。また、別の長編作品では博物学者であり神社合祀反対運動を起こしたことでも有名な南方熊楠を主人公においた『ヒト夜の永い夢』という作品がある。こちらは昭和初期の混乱の世の中を舞台に、粘菌コンピュータも出てきて南方熊楠が大暴れしている(あらすじだけでもう面白い)。

 そんな一風変わった作風が特徴の柴田勝家氏であるが、短編集『アメリカン・ブッダ』が発売となったのだ。表題作『アメリカン・ブッダ』はそのタイトル通り、仏陀を信仰するインディアンがアメリカに現れた、という話だ。舞台となるアメリカもただのアメリカではなくて、なんやかんやあってほぼ滅亡してしまっているのである。そもそも、こういったテーマの作品がリリースできるのって、すごいことだと改めて思う。日本だから出版できたのかもしれないけど。時代が時代なら、国が国なら、発禁になっていても不思議ではない。しかしそんな世界を柴田勝家氏は丁寧に、情緒的に描いている。そしてひたすら優しい。今現在、世界は新型コロナウイルスの影響によって、色んなものが失われつつある。失われているものは生命や経済だけでない。交流も、娯楽も、文化も。それまで当たり前に存在していたはずのものがたった半年で壊滅的に失われてしまい、何を信じて生きていけばわからなくなっている人々だっていることだろう。『アメリカン・ブッダ』は、そんな世界や人間に向けられた希望の書になりえるのかもしれない。不安定で不確定な未来を想像し見据え寄り添うことができるのも、SFの力だと思うのだ。

 また、表題作の他にも、VRヘッドセットを着けて生きる民族を描いた『雲南省スー族におけるVR技術の使用例』や岩手県にILC(国際リニアコライダー)が建設された世界を生きる少女を主人公においた『鏡石異譚』もめちゃくちゃ面白い。私はこれらの作品は別のアンソロジーで読んだことがあったのけど、どちらもお得意の民俗学的要素も存分に散りばめられていて、柴田勝家を体いっぱいに体感することができる。そして収録されている作品もさることながら、池澤春菜女史の解説がいい味を出している(どうやら勝家氏は大学の後輩とのこと)。この解説だけでも買った価値があると言えるし、柴田勝家氏のことをもっと好きになる。

 あとついでにもう一つ。先日25日に発売されたSFマガジン10月号にも柴田勝家氏の短編『クランツマンの秘仏』が収録されている。テーマは質量を持つ信仰についてだ。これもとても良かった。何もないはずのモノが信仰によって質量を持つなんてトンデモ科学と思えるかもしれないけれど、トンデモで終わらせない力強さがある。そしてロマンチックで、切ない。SFマガジン10月号はこの短編のためだけに購入したのだが、大満足であった(もちろんこの号の特集「ハヤカワ文庫50周年」も少しずつ読んでいて、そっちも興味深いのだが)。