後ろ向きには最適の日々

雑駁なあれこれ

クラトミ節

 自炊をしているので週に1~2回ぐらいの頻度でスーパーへ行く。行きつけのスーパーが何店舗かあり、それは大学近くの店であったり、家の近所であったりと様々なのだが、この自粛期間中はもっぱら家の近所のスーパーに行くことがほとんどである。そのローカルスーパーにはお気に入りの店員さんがいて、名をクラトミさんという。

 クラトミさんは50歳くらいのTHE おばちゃん、といった風貌なのであるが、このクラトミさんはなにせ威勢が良いのだ。クラトミさんはレジ対応をする際、まず手を一度パチンと叩きながら「いらっしゃいませ〜!」と挨拶をする。その姿はまるで「すしざんまい」のポーズのようだ。体型もあの社長にちょっと似ている。しかしクラトミ節はそれだけにとどまらない。バーコードリーダーで商品を読み取る際も、肩を左右に揺らしながら「豚肉が1点〜〇〇円〜、牛乳が1点〜□□円〜」とノリノリで声を出す。レジ打ちが終わった後も「サービス券もってます〜?あらぁ〜作った方がいいわよ〜」「お支払いは2034円です〜、細かいのない?あらぁ〜残念〜」と、ぐいぐいと距離を詰めてくるのだ。全体的に動作が大きく、そして声を出すタイプのおばちゃんパート店員なのである。そして、私はそのクラトミ節が好きなのだ。

 なんというか、この人と人のコミュニケーションが不足している時代に、素晴らしいではないか。きっと、もっと若い世代だったら「鬱陶しいな」と思うかもしれない。もしかしたらクラトミさんには高校生ぐらいの息子がいて、その息子に家では疎ましく思われているかもしれない。息子の友達が家に遊びに来た時も、ズカズカと距離感を無視して色んな話をしては、それが息子にはよく思われていないかもしれない(すべては想像である)。でも、こういった人と人との心のふれあいみたいなものが失われている時代だからこそ、今必要とされているものなのではないだろうか。私はそう思うのだ。

 なので、そのスーパーに行った際はクラトミさんのレジに並ぶようにしている。というかクラトミさんのステージを味わうためにそのスーパーに通っているまである。こっちはクラトミさんのファンなのだ。

 そんなフロアを沸かせているクラトミさんであるが、一ヶ月ほど前から元気がないのだ。いつものようにレジに並んでも「いらっしゃいませー…」「ありがとうございましたー…」という一辺倒のやり取りしかない。すしざんまいポーズもやってくれない。最初の時は「あれ、今日は体調が悪いのかな?」と思った程度だったのだが、その後何度行ってもクラトミさんは変わらないのだ。こうなってくると心配である。「おいおいおいどうした?いつものバース聴かせてくれよ!」とこっちは気が気でない。なんてたってクラトミ節のファンなのだから。こっちはクラトミに魅せられて、この箱(スーパー)に通うようになったのだ。もう一度あのパフォーマンス(レジ打ち)を見せてくれよ!と強く思うのだ。

 そんなことが続いていたある日、見つけてしまった。それは、買った商品をサッカー台で袋詰めをしていた時のこと。そのサッカー台の正面には「お客様からの声」という掲示板が掛けてあるのだが、そこに「とある店員さんの声が大きいです。このご時世なので控えてほしい」というメッセージが貼ってあった。「これか〜〜〜!!!」と心の中で叫んだ瞬間だった。点と点が線でつながった。

 

 コロナウイルスによって我々の生活は大きく変わった。それは地方に住む私にとっても決して他人事ではない。目に見えないウイルスが世界から色んなものを奪っていった。娯楽や都市の機能や社会のシステム、そしてクラトミ節。でも、いつかまた平穏な日々がやってきて、そしてクラトミ節がもう一度聴ける日々がくるといいな、そう願いながら、スーパーを後にしたのだった。