後ろ向きには最適の日々

雑駁なあれこれ

トースト

 数週間ほど前、オーブントースタを買った。4千円ほどの安価なものであるが、これがなかなか素晴らしく、まさに文明開化、日本の夜明けの如き活躍を見せてくれている。

 オーブントースタがやってくる以前は、ポップアップ型のトースタを使っていた。しかしそれは十年以上使っていたこともあってか、焼き上がってもポップアップしないという致命的な欠陥を備えていた。おそらく長年使っているうちに内部のバネが壊れてしまったのだろう。ポップアップせず延々と熱を伝え続けるので当然パンは消し炭のように真っ黒となる。どうすれば良いかというと、焼き上がりの時間を見計らって内側の金具をペンチで挟んで無理やり引き上げていた。なんと野蛮、なんと原始的な行為だろう。朝、焼き上がりのトーストを食べるために何故ペンチを片手に待機しないとならないのか。全然スマートではない。

 また、そんなポップアップトースタの他に、ガスコンロの魚焼きグリルを使っていたこともある。しかしこちらもタイマのような機能はないので、自分で焼き具合を見計らって引き出さなければならない。しかもグリルのほうが火力が強いため、あっという間に黒コゲになる。結局、真っ黒な食パンが縦に出てくるか横に出てくるかの違いでしかない。令和にもなってトーストひとつ満足に食べられないのかと思うと、悲しくなるばかりである。

 そこにきてオーブントースタの登場である。圧倒的な文明の発達具合だ。もちろんタイマがついているので、ちょうどいい具合に焼き上がったトーストが時間になれば出来ている。いやはや、素晴らしい。なぜ世界三大発明にオーブントースタが入っていないのだろう……

 そんなわけでオーブントースタが家に来てからというもの、毎日にようにトーストを焼いている。しかも色々と食パンに乗せるものをアレンジできる。これがまた楽しいのだ。ハムとチーズを乗せたり、ツナとマヨネーズを混ぜたやつを乗せたり、納豆とケチャップを乗せたり、いつか作って冷凍しておいたカレーを乗せたり、無限の組み合わせが楽しめる。まるでメダロットみたいだ。「だいたいチーズかマヨネーズ乗せときゃ美味くなるな」と一瞬脳裏をよぎったこともあるが、全力で無視する。こっちは無敵だぜ。キムチとにんにくを混ぜたものを乗せてみたり、ごはんですよを乗せてパンのプライドを傷つけてみたり、サラダを乗せて焼いてみたり、色々とアレンジを楽しんでいる。結局のところ、なんでも美味いのだ。もはやパンである意義すら最近は見失っている。鮭フレークとマヨネーズを混ぜたものとか、ポテトサラダとか、ササミを焼いて梅肉を乗せたやつとか、美味いけど別にトーストでなくてもそれ単体で成立する。

 こうなってくると、もはやパンは食べられる皿にすぎない。オーブントースタを手に入れたあの頃は、もっと、こんがりと焼き上がったトーストそれ自体に感動していたはずなのに。いつからだろう。いつから変わってしまったのだろう。もう戻れないところまで来てしまった。オーブントースタは人類の夢だったはずなのに、それに向かって汗水流して頑張ってきたはずなのに、それがいつしか当たり前になり、そして単なるパンを焼くだけの手段に成り下がってしまった。あの頃の自分が今の自分を見たらどう思うだろうか。しかし、一度開いてしまったパンドラの箱(パンだけに)は元には戻らない。立ち止まることは敗北なのだ。まるで行き過ぎた科学の未来を憂う科学者のように、わかっていても止められない自分を呪うように、今日も私は何かを乗せたパンを焼くのだ……